本日は、昨日簡単に説明させてもらったアメリカGPでのボイコット事件について、私の意見を書かせていただこうと思います。
まず世間で一番話題になっているのは、「誰のせいでこんなことになったのか?」ということです。もちろん、昨日書いたように、様々なことが絡み合って起きたことですから、誰が悪いと特定するのはあまりに短絡的なことなのですが、あえて挙げろといわれれば私も「ミシュランが悪い」と言わざるを得ません。
前々戦のヨーロッパGPで起きたライコネンのタイヤトラブルを受け、FIAは「タイヤの安全性を確保するのはタイヤメーカーの義務である」との書簡をメーカーとチームに送付しています。ようするに、「もっと耐久性を考慮したタイヤを作りなさいよ」というメッセージです。にもかかわらず、ミシュランはここインディアナポリスに実戦での実績がない新構造のタイヤのみを持ち込んできました。もちろん、F1はスポーツであり競争ですから、多少のリスクを負う必要はあります。しかし、あのようなアクシデントの直後にこういった行動を起こすことは、安全性を軽視していると言われても仕方のないことではないでしょうか。
世間では、「タイヤ交換禁止ルールを作ったFIAが悪い」なんていう声もありますが、これは全くのお門違いです。少なくとも、今回の件に関して「タイヤ交換の禁止」は全く関係ありません。モナコでのルノー勢やニュルブルクリンクでのライコネンのような症状ならばともかく、今回のラルフのアクシデントはウェアの消耗によって起きたものではないからです。日曜になって、ミシュランも「10周以上の周回では安全性を保証できない」と明言しています。たとえタイヤ交換が可能であったとしても、10周ごとにピットインしていてレースになるでしょうか。そもそも、それではレースを走りきる前に使用可能なセット数を使い果たしてしまいます。従って、もし問題とするにしても「使用セット数の制限」や「登録されたタイヤ以外の使用禁止」といった、何年も前のルール変更になってしまうのです。いまさらそんなことを言い出すのは遅すぎであり、それに対応できないのはミシュランのミスでしかありません。それに、このタイヤ交換ルールを最初に提唱したのは、他でもないミシュランなのです。
では、FIAには全く責任がないのでしょうか。スポーツという観点から見れば、FIAはルールに従い厳格な対応をしたといえるでしょう。たとえば、サッカーの試合中に監督が「ベンチ入り登録していない選手を出場させたい」と言ったとして認められるでしょうか。ルールという観点だけから見れば、今回ミシュランが代替タイヤを使いたいと言ったのはそれと同じ事なのです。そんなことが認められるのは草スポーツでしかあり得ません。
しかし、F1はスポーツであると同時に興行であり、エンタテイメントであり、ビジネスでもあります。サーキットには数万の観客が詰めかけ、テレビの前では数億の視聴者が観戦していて、スポンサーは何億円という金を投資しています。従って、主催者であるFIAにはこのイベントを成功させるべく最善の努力を行う義務があり、それがオーガナイザーの役割であるはずなのです。つまりは、このような不測の事態にはチームなりタイヤメーカーなりと交渉したり説得して20台のマシンをグリッドに並べるべくまとめ上げる力が要求されていたわけです。理由はどうあれ、結果的にそれを果たせなかったことはオーガナイザーとして恥ずべき事ではないでしょうか。
では、具体的にはどうするべきだったのでしょう。この道のプロである彼らが考えてまとまらなかったのですから、素人である我々が考えても仕方がないのですが、それでも解決策はあったはずです。
まず、代替タイヤの使用。これについては、可能性のある解決策であったと思います。ミシュランが言うように「本当にそのタイヤが安全」であったとするならば、選手権ポイントからの除外を条件に認めても良かったでしょう。ただ、そのイベントで一度も試していないタイヤをいきなりレースで使用するのは明らかに危険です。シケインの設置に関しても同様のことが言えます。
ならば、この2案のどちらかを採用して、臨時のフリー走行時間を設けるというのはどうだったでしょう。無理矢理でもスケジュールを調整して午前中に確認のための時間を作るのです。実際に昨年の鈴鹿では急遽日曜日に予選を行うというスケジュール変更に成功しているのですから、不可能なことではなかったはずです。シケインの設置に関しては作業時間的に厳しいものがあったかもしれませんが、土曜日の時点で決定していれば設置は可能だったでしょう。
ただし、この場合はいわゆる「パルクフェルメルール」が関わってくるので厄介です。試走して必要と判断すればセッティングは変更できるのか、使った分の燃料はどうするのか、補給できないのであれば結局どのチームも燃料をセーブするために走らないのではないか、という問題が発生します。
さらに、代替タイヤについては「どうやって安全性を証明するのか」という点で疑問が残ります。タイヤバリヤによるシケイン設置はその手法自体に問題があることが1994年に明るみになっていますし、コースが変更となりノンタイトル戦となるためFIAが認める可能性は元からほとんどありませんでした。
そうなると、残された解決策はFIAが示した「バンクを速度制限区間として違反者にはペナルティー」という案のみとなります。しかし、これについても現実性にはかなりの無理があります。速度制限をするのであれば、F1は市販車のようにドライバーのアクセルコントロールでそこまで微妙な操作ができるクルマではありませんから、リミッターボタンを使用する以外に方法はありません。安全な速度となれば120km/hくらいです。全車が一斉に同じ区間でそこまでスピードを落とすというのは、きわめて危険なことです。安全な方法があるとすれば、低速コーナーの出口を制限区間のスタートとすることくらいでしょう。インディアナポリスでそれをやるとすれば、10コーナーか11コーナーの出口になります。安全を追求するなら10コーナーになりますが、それだとコースの3分の1近くが速度制限区間になってしまいます。果たして、そんなものがレースと呼べるでしょうか。ミシュランユーザーが「現実的ではない」と言ったのはそういうことだと思います。それでも、6台だけのレースよりはマシと考える人もいたかもしれませんが。
これまでのことをまとめると、現行ルールでこのような問題が発生してしまった以上は、今回の事態を回避するのは相当難しかったと言わざるを得ません。しかし、本当にファンのことを考えているのであれば、ミシュラン勢もスタートだけはするべきだったのではないでしょうか。ミシュランが10周なら安全だと言っているのですから、それだけでも周回してリタイヤでも良かったはずです。もっとも、ミシュランの言い分にも矛盾点が多いのは確かです。トラブルの原因がわかっていないのに、なぜ10周なら大丈夫などと言い切れたのでしょうか。そう考えると、チーム側が走行を行わなかったのは勇気ある行動ともいえます。いずれにしろ、ミシュランほどの大企業としては杜撰極まりない対応であり、協議に関してはFIA側も含め、結局は様々な思惑や利権争いが絡み合った後味の悪いものであり、ファンは完全に蚊帳の外でした。
最後に一ファンとして言えるのは、誰一人としてこんなレースは二度と見たくないと言うこと、そして、最悪のグランプリにはならなかったけれど最低のグランプリだったという感想だけです。